まとめ

ゲームの名言やセリフに潜む、人生の問い

ゲームの名言やセリフに潜む、人生の問い
人はときどき、ゲームのセリフに妙に心を動かされることがある。
それは単なる物語の演出ではなく、人生の断片がそこに含まれているからだ。

選択、責任、自己、他者、運命。
哲学書の中で語られるような問いは、実はゲームの中にも静かに潜んでいる。
ここでは、ゲームの中で語られた印象的なセリフをいくつか取り上げながら、そこに含まれる人間の問いを少しだけ考えてみたい。

たとえ何度生まれ変わっても、必ず、同じ道を選ぶ。

テイルズオブデスティニー2(リメイク) / リオン・マグナス

人は誰でも、過去に「ああすればよかった」と思い、別の選択があったのではないかと考える。
このセリフは、そういった「過去」をすべて引き受け、肯定し続けるという言葉である。
生の中で生じた「絶望」も「希望」も、何度も永遠に引き受ける。
その意味は、言葉以上に重い。

やるしかなければ、やるだけだ。

FF13 / ライトニング

人生におけるほとんどの選択は「やるか」「やらないか」である。
やらないことを選ぶ者は、「やる気・モチベーション」という言葉で、やらないことに意味をつける。
意味を与えることで、やらない選択をした自己を肯定する。

俺は悪くねぇっ!

テイルズオブジアビス / ルーク・フォン・ファブレ

誰かに言われたから、やった。
知らなかったから、仕方がない。

でも、選んだのは自分である。
選んだ以上は責任がある。
選ばなかったことを選んだという責任もある。
人は責任から逃れることはできない。
それを自覚した上で選択し、引き受けることが重要である。

自分、自分て言いながら、自分のねえ奴だな……

FF9 / バクー

役割を演じていることに気づかない人、気づいても気づかないふりをする人が大多数だ。
それは自己欺瞞であり、多くは職能をアイデンティティと混同する。

職能だけではない。
社会規範や他者の目によって、常に誰かによって作られる自己に気づかない。

俺、クラウドにはなりきれませんでした

FF7 / クラウド・ストライフ

自己に他者の介入や代替可能性といった受け入れ難い事実を認知すると、往々にして自己は崩壊する。
壊された瓦礫の中で、一つ一つの事実を自身が選び、再構築できるか。
そうでなければ、人は絶望し、他者の生を生きることになる。

知らなかったの、おれだけかよ!?

FF10 / ティーダ

社会規範の外にある存在は、ときに規範にヒビを入れる。
召喚士のガードとしての役割に埋没し、自己欺瞞にあった者たちは、物語の中でそれを知ることになる。
もっとも、多くの場合は「これまでの自己を形作った規範」を疑うことになるため、耐えられないだろう。

人は他人を形や表面でしか見ないからな

サガフロンティア2 / ギュスターヴ13世

他人のことは理解できない。
理解することなどできない。
だから、人は「そうである」とみなした他者という虚像を投影し、勝手な解釈を行う。

関係性や外見、人格、社会通念、権威。
そういったバイアスを減らして他者を見ることで、より理解に近づくのかもしれない。

選ばれた? 違うな。自分で選んだんや。

サガエメラルドビヨンド / 御堂綱紀

自分で選んだとされる選択のほとんどは、誰かによって選ばされている。
リコメンドされる動画、服装、思考、人生そのものが、選ばされている。
その事実に向き合うことは難しい。
だが、選ばされていると知ってなお、選んだと言える人生であれば、その選択の責任を引き受けることができる。

別の生き方、別の人生があったんだろうなあ...

クロノクロス / 漁師

過去の選択肢を別のものに変えられたら。
人はよく、そうした希望を抱く。
観測できない未来に勝手な希望を持ち、今の人生に責任を持たない。
「もし〜だったら」という仮定法を用いることで、今の責任を先送りにする。
だが、それは観測できない未来だ。
そこに希望を置くことはできても、証明することはできない。

山はこえなくても、遠回りしてもいいの。

ポケモンBW2 / バトルガール

人間の脳は疲労を嫌がる。
効率化、合理化という意味を先取りしなくては、その行動を起こすきっかけにはならないのだろう。
だが、意味はほとんどの場合後付けである。
短期的な成果が、常に最適解とは限らない。

モンスターボールが悪いんじゃなくて、使う人がいいか悪いかなんだ。

ポケモンXY / クノエシティの住人

道具とは、特定の目的の手段として存在する。
包丁で料理を作るか、誰かを傷つけるか、その目的を選ぶのは人間である。
道具に善悪は存在しない。
責任を道具に分散してはならない。

まとめ

ゲームのセリフは、単なる物語の言葉ではない。
ときにそれは、人間の生き方そのものを言い当てる。
哲学書の中ではなく、画面の向こう側で語られる言葉の中にも、人生の問いは潜んでいる。