まとめ

本と印刷の歴史|古代から現代までの変遷をわかりやすく解説

本と印刷の歴史|古代から現代までの変遷をわかりやすく解説
私は本を書いている。
設計思想、寓話集、エッセイ、そこには何十万文字も書かれている。
内容がブラックボックス化するのが嫌という理由で、個で論証しながら記述をしている。

一方で校正はAIに移行している。
前後の言い回しだったり、誤字脱字、前提の検証など文脈を調整するものは、ツールを用いた方が特定期間内における作業効率が上がると見做せると判断しているからだ。

私の場合、印刷できるようIndesignというソフトで執筆をしているものの、基本的にはデジタルでの形式(PDF等)で出力している。
本という形で手元に残るというのは、第三者に参照可能な形であると同時に自己の編集可能性については失われてしまう。
また、印刷というのは金銭的な費用も発生するし、校正の時間も莫大に増える。
そう考えたときに、私はデジタルであることを選択した。

そういった選択の連続の中で思ったことがある。
過去の歴史において本とはどういった形相だったのだろう?
本や印刷の歴史は、古代から現代に至るまで大きく変化してきた。

手作業での執筆、金銭的利益の有無、大量印刷の可能性、紙の質など、時代によって大きく異なる。
故に、この本の歴史的な流れを見ていく。
ただし、今のように自由に書ける形が最初からあったわけではない。
まずは古代から見ていく。

古代における本と印刷の歴史の流れ

古代における本と印刷の歴史の流れ

ここでの古代とは、古代エジプト〜古代ギリシャ/ローマ初期を対象とする。
年表で言えば、紀元前3000年頃から紀元前6世紀頃を想像してほしい。
現在が2026年だから、約5000年前に遡ることになる。

当時はまだ、本という概念が無かった。
パピルスという巻物に文章を書写し、参照・保存する目的で利用された。
パピルスとは、カヤツリグサ科の多年生植物を利用し、茎の内部(髄)にある繊維部分を使用して作られる。
製造方法は髄を帯状にし、交互に重ねて並べ、叩いたり圧力をかけ脱水・乾燥をするといったものだ。
現代の紙のように植物の繊維を分解し、漉く工程がないのが特徴だろう。
こういった製造方法には乾燥や折り曲げに弱いという性質があった。
現代の紙と違い、折り曲げることで破損してしまうから「巻く」ことで保管されていた。

特筆すべきは、この時代にも「列」や「行」が存在していた。
長い巻物であるから、端から端まで一行を長く書くのではなく、現代の新聞や雑誌の「段組み」のように、一定の幅でブロック(列)を作っていたとされる。
死者の書では、ブロックの間に図が用いられている。
行については、先の尖った道具で薄く罫線を引いてから文字を書いていた。

現代のWebサイトはこのパピルスの延長にあると言える。
我々が日常的に閲覧している多くは、このパピルスという巻物に類似している。
ハイパーリンクの概念はないものの、レイアウトやスクロールという側面で見れば、当時の巻物と大きく変わらない。
ハイパーリンクこそ存在しないが、スクロールという構造においては、ほとんど変わらない。

中世における本と印刷の歴史の流れ

中世における本と印刷の歴史の流れ

ここでの中世とは、西ローマ帝国の滅亡からグーテンベルクによる活版印刷の発明までを対象とする。
年代で言えば、5世紀から15世紀半ばになるだろう。

この時代も印刷という概念はなかった。
一方でパピルスによる文章保存から、羊皮紙(パーチメント)を用いた冊子写本(コデックス)に変わっていく。
巻物のように順に広げる必要がなく、任意のページを開けるようになった。
これは現代の本の先駆け的存在である。

最初期では羊皮紙ではなく、パピルスが利用されていたが、耐久性がないため羊皮紙に変わっていく。
そもそも羊皮紙とは、その名前の通り「羊の皮」を原料にしている。
羊だけでなく、原料として仔牛の皮を用いる場合、ベラムと呼ばれる高級品になる。
この羊皮紙はパピルスよりも強靭で、繰り返し折っても破れにくく、両面使用が可能である。
両面使用ができるというのは、冊子写本における重要な意味を持つ。
また、この時代で「表紙」という概念が生じる。
この時代の表紙とは、現代のパッケージデザインという商業用目的ではなく、中の文章を保護する意味合いが強い。

ここでの本とは、修道士・宗教中心に利用されることが多かった。
修道院などで修道士が手作業で1文字ずつ書き写す「写本」が知識の保存を担う時代だ。
この時代は大学が誕生し、教科書としての本が大量に必要になる。
そういった経緯からプロの書記(写字生)による「写本工房」が盛んな文化となる。

一方で、同時期の東洋ではすでに紙が存在していた。
中国からイスラム世界を経てヨーロッパへ紙の製造技術が伝わり、
それによって製紙法の伝来と木版印刷も徐々に普及していくことになる。
本記事での古代〜中世の間に、中国ではすでに紙が製造されていた。
竹簡や絹に変わる書写に適した紙が普及していくことになる。

本の形はこの時代でほぼ完成する。
しかし、それを複製する手段はまだ人の手に依存していた。

近代における本と印刷の歴史の流れ

ここでの近代とは、活版印刷の黄金時代である15~19世紀初頭を指す。
まず、活版印刷とは何かを簡潔に述べると。

バラバラの活字を組み合わせ、圧力をかけて印字する方式である。
1ページ丸ごと木に彫る(木版)や手で書き写す(写本)とは根本的思想が異なる。
活字が最大の特徴で漢字やアルファベットを1文字ずつ、金属や木でできた小さな柱の先に彫る。
集めた活字を枠の中にきれいに並べて「版」を作り、インクを塗って、紙に圧力をかける。
この工程により、印字を行う。

最大の特徴は、再利用性にある。
1ページの印刷が終わったら、分解して次のページの文字を作れること。
一度版を作れば、同じものを何百枚、何千枚と高速で刷れるようになることである。

この活版印刷は、大量に印刷できることから、本の価格を下げることに起因する。
つまり、これまで特権階級しか読めなかった高級品が、一般の人が触れられる品になる。
多くの人が知識に触れられるということは、非常に大きな転期である。

本は複製され、流通し、多くの人の手に渡るようになった。
しかし、その内容を誰が作り、どう扱うかという問題は、まだ変化の途中にあった。

本屋(書店)の登場

写本の時代は、本は注文を受けてから作る「受注生産」が基本だった。
パトロンが権威のために本を作る、教会・大学が本を作るといったものだ。
活版印刷によって、本の生産が安価になったことで、本がビジネスになっていくのである。
一方で現代の本屋とは構造が少し違っていることに注目したい。
初期の本屋は、自分の店で印刷機を持ち、自分で出版し、その場で販売する「印刷兼書店」が一般的だったのである。
また、販売される本も、今でいうハードカバーではなく、中身の紙の束を販売するものが多かった。
客は本の中身を買い、それを「製本職人」のところへ持っていき、自分好みの革表紙などで装飾することもあった。
こういった経緯から、図書館の棚は、持ち主ごと背表紙のデザインが統一されていることもあった。

余白のあり方

ここで少し、脱線する。
最初期の活版印刷として有名である「グーテンベルク聖書」というものがある。
この聖書の余白は現代の本と比較しても非常に大きい。
当時の余白とは、読み手が書き込むこと、後から装飾を加えることが前提にあった。
これには理由がある。
当時の知識人にとって、本を読むことは余白に「自分の考えや注釈を書き込むこと」がセットだった。
神学的な解釈や他の文献との対照をメモするために、十分なスペースが必要だったのである。
フェルマーが余白に書き込めなかったということにも繋がってくる。

装飾頭文字

装飾頭文字

古い本によくある、章の始まりの大きなアルファベットを見たことがあるだろうか?
装飾頭文字という文化で、印刷時にあえて空白にしておき、専門の絵師に依頼して色彩や金箔などで豪華に演出するものだ。
目次の代わり、信仰としてのシンボルなど意味合いがあるが、活版印刷の文脈で言えば、価値観の啓示でもある。
活版印刷初期は「手書きの写本こそが高級品」という慣習が価値観として根付いていた。
印刷本は「安物」「魂がこもっていない」と見做されることも多かったのだろう。
装飾頭文字を行うことで、写本に劣らない価値のある立派な本であるという意味合いも含めて装飾していた。
この時代の本は、完成品ではなく「書き足される前提の媒体」でもあった。

現代における本と印刷の歴史の流れ

ここでの現代は、19世紀初頭から執筆現在となる21世紀までを指す。
これまで述べてきたように、活版印刷によって本の価値は特権階級から一般市民へと移行した。
産業革命後、この傾向はさらに加速していくことになる。

グーテンベルク以来、350年以上「木製の手動プレス機」だったのが、「鉄製の自動印刷機」に変わっていくのである。
蒸気機関を利用した高速印刷機、鋳植機(ライノタイプ)の発明による組版の高速化。
こういった印刷技術の発展により、「新聞」という概念が登場する。
安価で新しい情報を届ける「日刊紙」がビジネスとして成立することになる。
産業の巨大化に伴い、出版社、印税の登場など、現代では当たり前とされる概念もここに来て登場する。
個人が本を出版することも容易になっていく過程で、著者が職業になり、ベストセラーといった概念も登場する。

1980年頃には、現代でも主流となる「オフセット印刷」の登場、「版」そのものを作らないオンデマンド印刷も登場する。
近代に生じた重たい鉛の活字や、大きな金属版を使わないDTP(デスクトップ・パブリッシング)だ。

2000年代に入ると、本という物理的な「物」が「データ」という形式に変わっていく、電子書籍の登場である。
電子書籍では物理的な紙を使用しないから、必然的に印刷は縮少していくのだ。

そして、「書く」という行為そのものも、外部の仕組みによって生成できるようになった。
例えば、AIはプロンプトによって制御することで、数文字が数千文字に置き換えることも可能だ。
人の手が加わることが、見えづらくなった現代において、本の価値というのは更に変わっていく。

Webとの接続

5000年前にあったパピルスの構造はWebページに延長され、ハイパーリンク、動画の再生といった様々な機能が付与された。
ここに書いているこの文章もまた、古代で言えば書物となり得る。
巻物を広げスクロールする行為が、スマートフォンをスクロールする行為に変わったと言えば分かりやすいだろう。
写本はコピーアンドペーストで成り立つし、装飾文字はCSSに置き換わった。
こういった歴史を眺めていると、我々が日常的に行う動作なりは古代からの延長であることが伺える。
文章の価値は、個々の本に閉じるのではなく、インターネット上に分散して存在している。

まとめ

本記事では古代から現代に至るまで、本や印刷に関わる文化や歴史を見てきた。
古代では、人は巻物に記録することから始まり、中世では書き写し、複製することを主目的とした。
近代では印刷機という技術革新によって、本が商品となり、それが現代では産業となる。
この一連の流れの中で、人の手は徐々に失われていった。
しかし正確には、それは「消えた」のではなく、関与の仕方が変わっていったとも言える。

それ自体が悪いことではない。
歴史の流れの中で多くの人が切磋琢磨した結果であるし、その恩恵を受けている。

一方で私は本を書いていて思うことがある。
思考した内容を言語化し、文章とする行為は想像以上に耐え難いものだ。
本を書くことは、主体の考えを記録することであると同時に、第三者が参照できる状態が成立することでもある。
第三者に伝えるためには、文脈であれ、前提であれ、解釈の誤読がなきよう厳密に定義していく。
それは「わかったつもり」で書くことが出来ないことでもある。
たった数文字の結論を書くために、何万もの文字列を扱うその工程は、AIにおけるプロンプト生成とは逆の方向にある。
こういった行為は苦痛ではあるが、同時に多くの叡智を与えてくれる。
私はこの執筆という行為そのものに対し、商業的価値とは別の「叡智の探究」という価値観を抱いている。

最後にパスカルの言葉をおいて締めようと思う。

本を書くときに最後にわかるのは、何を最初に書くべきかということだ

おそらく、この文章も例外ではない。
最初に書くべきことは、最後になってようやく見えてくる。